君と僕との会話
やぁ、君。どうしたんだい深刻な顔をして。
ねぇ、君は、普段は自分にとって当然だと考えていたことが急に当然でなくなって焦ってしまうことってあるかい?
実は僕は今、とある理由で辛くてちょっとばかし死にたくなっているんだ。だけど、これまでも僕は突発的に死にたくなったことが無いわけじゃあ無い。
けれども、今の僕は死なずに生きていて、ということは過去の僕が死にたくなるたびに死ぬことを選ばず生きることを選んだ理由がなにかあったはずなんだ。僕が生きなければならぬと考え直すほどの立派な理由がね。
で、ひとつ君に助けて欲しいのだけれども、今の僕はその理由がなんだったか忘れてしまってね、困っているんだ。助けてほしい。
生きているべき理由がほしい。生きているべき理由無くして、こんな憂き世を生きていられない。お願いだ。なぜ人は生きていなければならないんだ。納得のいく答えを、僕が忘れてしまった答えを教えてくれ給え。
わかった。では、いきなり結論から言おう。
人が生きていなければならない理由なんてない。そんな理由はひとっつも存在しない。君に取っても、君以外のすべての人にとってもだ。
これで満足したかい?
い…いや、そんなまさか!人が生きるべき理由が無いなどというはずが無い。
それならば、過去の死にたくなった僕たちがひとり残らず死なないことを選び、その結果として僕が存在していることはどう説明するんだい?
その問いに答えるならば、その過去の君たちは皆、生きる事を幸福だと感じたのだということになる。
過去の君たちは、『人は生きていなければならない』というルールがあるために、嫌々生きることを選んだのでは決して無い。自分が生きるかどうかについての二択の権限を完全にその手に持ちながら、これまで二択のうち生きる方のみを選択してきたのだ。ただの一回も、不幸だと感じて死ぬ方を選ぶことをしなかったのだ。ただそれだけのことだ。
この、『自分が生きるかどうかについての二択の権限を完全にその手に持ちながら』というのが今の君が思い出さなくてはいけない重要な点だ。
さっきから聞いていれば君はどうやら、『君が生きるか死ぬか』について、君ではなく君より偉い人の決めたルールがあって、そのルールに従って生きるか死ぬかを決めるという風に考えているようじゃあないか。まったく勘違いも甚だしい。君が生きることを選び続けているからこそ君が存在して、君が存在しているからこそ君以外のすべての他者・ルール・世界が存在し得るんじゃあないか。それだのに、大元の君が生きるかどうかを決めるにあたって、君以外の人の意見を聞こうだなんて、重大な論理の破綻と言わざるをえんね。
もう一度、繰り返して言うけれど、君が生きるかどうかは君が決めるんだ。他人がなんと言おうが知ったことじゃあないんだよ。
だいたい、そもそも君が今死にたいと思っている理由だって、大方、君以外の他人に『こうでなきゃ生きてちゃいかん』みたいなことを言われて、その『こう』の通りに振る舞えない・振舞おうとするのが辛いから生きていたくないと言うのだろう。…どうだ?きっと図星だろう。そうやって、君がどう生きるかを君が選ぶのでは無く、他人に決めてもらおう・他人の言うとおりにして生きていこうと考えているその愚かさが、君が生きるべきかをも他人に決めてもらってしまおうという、さらに一歩進んだ愚かさにつながっているのだ。
分かったか。分かったら、その『どう生きるかを他人の言うとおりにする』という思考を止めろ。そうして、
と唱えてみろ。どうだ。死にたい気持ちが薄れてきたんじゃないのか。もう一度だ。もう一度、
『どう生きるかは僕の自由だ。好きに生きていいんだ。』
と唱えてみるんだ
…ふん、あいつめ、すうっと透明に消えてしまいやがった。死にたい気持ちが収まったと見える。まったく手間をかけさせてくれることだ。なんだってこんな当然のことを説明してやらんと分からんのだろうな。
……我ながら愚かすぎて嫌になってしまう。あぁ嫌だ。他人はこんなくだらんことで悩んでなんかいないというのに。あぁ嫌だ。こんなしょうもないことで悩む奴に生きる価値なんてあるんだろうか。あぁ嫌だ…こんな愚かなままなら、いっそ死んでしまいたい……
…やぁ、君。どうしたんだい深刻な顔をして。